五月終

季節がめぐることについて。一巡することについて。はじまりの象徴としての桜はあまり好きではなかったのに、今ではあの桜が恋しい。どこかに見に行きたい。わたしが求めているときに、あらゆることがいつも手遅れになってしまっている。どうやら何かが終わっていく象徴としての桜は好きなようである。しかしそこで終わるのではない、めぐっていくのだと思うとやはりあのいちめんの春色というものにげんなりしてくる。ということを五月の終わりに書くことについて。もう六月だよ。やあ、おひさしぶりです、次は紫陽花だよ。どうにも紫陽花さんもやっぱり群れているんだよな。しっとりふさふさいちめんの紫陽花なのだよな。その次は向日葵なのかな。やっぱりカラッといちめんの向日葵なんだよな。そうしてめぐりめぐって微々としていろいろが終わっていくのだよな。