月と隕石

実際のところ、こういうふうに毎日張り切って文章を書こうといった試みはよろしくないのではないかと思いました。多くの場合は失敗に終わりますし、にんげんが頑張りすぎるとなぜか猫に救いを求めてしまいます。無闇に猫の負担を増やすのもよくないので、そのあたりしっかりと気を配っていきたいところです。

ふとした拍子に空を見上げてみたら、ああ、世界ってそれなりに美しいんだなとか思いました。そろそろ年齢的に際どいところに来てしまったのかもしれません。そんな私みたいに、どれだけ心の荒んでしまった人でも、たぶん小学生時代には「将来なりたいもの〜」とかあったと思うんですが、私がなりたかったのは月です。宇宙飛行士でも月面に立つ人でもなく月です。我ながらずいぶんと大きく出たなといった感想を抱きますが、月になりたかったのだからどうしようもないです。大目に見てやってください。

それに、小学生の私は天動説的な世界観を地で行く子供だったので、月の周りには星たちがキラキラ散りばめられていると信じていました。なんか馬鹿っぽいので、この話はここらで切り上げさせていただきたく存じ上げます。

昔はよく流星群を見に行ったりしていたのですが、最近はめっきりとなっています(どうでも良いこと:私は「めっきり」という言葉が好きです)(めっきり!)(ここで流星群の原理を説明することもできるのですが、面倒くさいしこれ以上文章が長くなるのが嫌なのでそのあたりは自分で調べてください)(半分眠ったまま夜空を眺めているとたまに大きめのが流れて、そいつは火球とか呼ばれていたと思うのですが、まあ隕石みたいなものです)

多くのにんげんは関心を払わないと思うのですが、月には隕石が降り注ぎます。しかも月には大気がないので、表面にモロにダメージを受けます。逆に言えば地球は大気という名のやんわりとしたガードを持っているので、大気との摩擦か何かで隕石やらごみやらが燃えて、流れ星となって地表まで辿り着かないことが多いし光ってわあ綺麗みたいな感じになります。でも月には大気がありませんので、隕石は光らないし、ただ表面にズゴズゴ落ちてきて痛いみたいな感じになります。

そういう意味で、月はあまりにつらいです。クレーターたくさんできるし、隕石かなり痛いので宇宙空間に浮かんでいるだけでこわいみたいな気分になります。ところで、いま私は、かなり微妙な話をしています。一種の寓話というかメタファーの話をしています。私は月になりたかったですというお話です。大気を持っていない月は大変だよなというお話です。隕石かなり痛いよなというお話です。

だんだん書くの疲れてきています、がんばります。

あまりがんばりたくないです。隕石ズゴズゴ当たってくるの痛いです。月に衝突した隕石は、その後どうなるんだろうとか気になります。隕石は月の含有成分とは違うものを持っているかもしれないので、となると、単に痛いだけではなく、何かしらの新奇物を持ち込んでくれる可能性もあるわけです。が、痛いです。痛いとはいえ、月としては「これはいったいどこまで耐えればいいのか」とつらくなりながら、ただただ浮いているしかありません。真っ二つに割れてしまうレベルの巨大隕石が到来しないのを祈っています。

そろそろ疲れたので、書くのをやめます。

それではまたあした。