かつての断片

 僕は誰かがおいしそうに何かを食べているのを見るのが好きだ。

 だから食事中の人間を見つけたら、気付かれないようにこっそりと、無意識のうちに観察していたりする。

 僕は誰かがそのおおきな口で頬張り、咀嚼し、飲み下すのを見るのが好きだ。

 誰かと一緒に食事をするのが好きだ。でも会話をしながら食事をすることだけはずっと苦手だった。摂食のしあわせを分かち合うのに、会話というものは必要ないと思っていた。僕らはただ黙々と食べ続け、無言のうちに食べ終えればいい。たまにほんのちょっと見つめ合う時間があって、それで笑顔を交わし合えればそれでいい。

 けどやっぱりそれだけだと味気ないから、「おいしいね」みたいなことを言ったり、それに対して「うん」と返答したりする程度の会話はあったほうがいい気もする。でもそれ以外は食器の立てるカチャカチャという音に耳をすませ、テーブルいっぱいに広げられた料理を、淡々と平らげていくのだ。

 あるいは、長い食事の合間にある小休憩といった感じで、誰かが食べているところをつぶさに観察してみたりもする。誰かがナイフで綺麗に肉を切り取り、フォークで串刺しにしたそれを慎重に口に運ぶさまを見ていたい。そんなことを思う。そこで少し世間話みたいなものが生じるかもしれない。それはそれでありだと思う。

 僕は料理をするのが好きだった。僕の作った料理をあなたが食べてくれて、それで「おいしいね」と言って笑ってくれたら、それでもう充分だった。

「コックさんになればいいかもね」と言われたりもした。

 でもね、ごめんね、ちがうんだ。それはちがうんだよ。ごめんね。僕がやりたかったのはそういうことじゃないんだ。僕がやりたかったのは、厨房で大勢のために調理をして、大勢に一方的に提供するみたいなことじゃないんだ。たくさんのお客さんに「おいしかったよ」って言われたりとか、そういうのじゃないんだ。そういうあたたかみじゃないんだ。ただひとり、あなたがただ食べてくれさえすれば、本当にそれで──。

 そんなことを、ひとりさみしく食事をしながら思いました。